東京高等裁判所 平成7年(行ケ)278号 判決 1997年10月01日
フランス国
92400 クールブヴオア アブニユー・マルソー39
原告
ソシエテ・ド・パルティシパシオン・ネマン
代表者
マルク・ルメール
訴訟代理人弁理士
曾我道照
同
鈴木憲七
同
赤澤日出夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
秋吉達夫
同
幸長保次郎
同
小川宗一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、昭和58年審判第18020号事件について、平成7年5月9日にした補正の却下の決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文1、2項と同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1978年3月17日にフランス国でした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和54年3月16日、名称を「自動車用錠の制御装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭54-30111号)が、昭和58年5月25日に拒絶査定を受けたので、同年8月24日、これに対する不服の審判の請求をするとともに、昭和62年10月19日付け手続補正書により手続補正をした(以下、その補正書を「本件補正書」といい、これによる補正を「本件補正」という。)。
特許庁は、上記請求を昭和58年審判第18020号事件として審理するとともに、平成7年5月9日、「昭和62年10月19日付けの手続補正を却下する。」との決定をし、その謄本は、同年7月26日、原告に送達された。
2 本件補正による特許請求の範囲の記載
(1) 自動車の少なくとも1つの錠を施錠および解錠する部材を制御するための装置において、前記自動車とは独立している送信部および前記自動車に装着された受信部を備え、前記送信部は、直流電源と、メッセージを発振するための発振器であって、前記メッセージはすべてのメッセージに対して同じである符号化されない第1の部分およびその後に続く符号化された第2の部分を含んだものと、前記メッセージを遠隔的に直列伝送する送信装置とを備え、前記受信部は、電源装置と、前記メッセージを受信するための受信装置と、唯1つの符号化メッセージを納めた記憶器と、前記受信されたメッセージの符号化された前記第2の部分を前記記憶器内の前記符号化メッセージと比較して両者が一致した場合に1つの信号を出すようにした比較器と、前記信号の増幅器とを備え、前記メッセージの第1の部分が前記受信部で受信されることにより前記比較器と前記記憶器とが付勢されるようにしたことを特徴とする自動車用錠の制御装置。
((2)~(8)項は省略)
3 決定の理由の要点
決定は、別添決定書写し記載のとおり、本件補正は、明細書の要旨を変更するものと認められるから、特許法159条1項(平成5年法律第26号による改正前のもの、以下同じ。)の規定により準用する同法53条1項の規定により却下すべきものであるとした。
第3 原告主張の取消事由の要点
決定の理由中、本件補正書の記載事項及び本願発明の出願当初の明細書及び図面(以下、図面も含めて「当初明細書」という。)の記載事項の認定は認める。
決定は、当初明細書の記載の解釈を誤った結果、本件補正が明細書の要旨を変更するものと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 当初明細書の解釈の誤認(取消事由)
当初明細書に記載された本願発明の「引はずし信号」と「符号化メッセージ」とは、本件補正書の明細書に記載された「第1の部分」と「第2の部分」とにそれぞれ相当するものであることは認めるが、この引きはずし信号が受信部の比較器と記憶器とを付勢するものであるかどうかについては、当初明細書に何ら記載されていないし、その記載からみて自明のこととも認められないとする決定の判断(決定書9頁6~12行)は、誤りである。
すなわち、当初明細書(甲第3号証)の記載によれば、引きはずし信号は、符号化メッセージよりも先に出力されて、セパレータ17、トリガ回路18、トリガ回路10に伝えられ、それぞれのトリガ回路を制御することが明らかであり、また、送信部A2から送られた符号化信号は、受信部B2において、何らかの記憶器に蓄えられることなく、リアルタイムで比較器6に伝えられ、ここで記憶器7から送られてきた信号と比較されることも明らかである。
このような構成は、比較器6の一方の入力端子に符号化信号(最先の1つ目のディジタル信号)が到達したときには、同時に比較器6の他方の入力端子にも記憶器7からの信号(1つ目のディジタルデータ)が当然に到達されていることと、その後の符号化信号と記憶器からの信号は、それぞれ同期して比較器6の2つの入力端子に到達されるようにされていることを作用的に意味している。受信部B2の側からみれば、この符号化信号は、いつ送信部A2より送られてくるか分からないのである。
このような送信部より1つ目のディジタル信号が比較器の一方の入力端子に到達した時には、必ず、他の入力端子に記憶器7からのそれに対応する信号が到達しているという動作を可能とするためには、送信部A2より送られる信号により受信部B2(比較器6、記憶器7)を始動(付勢)するという、従来より常識的に行われている手段を用いる以外には考えられないことである。しかもこの場合、記憶器から信号を読み出すためには必ずアクセスタイムが必要となるから、符号化信号に遅れをとることなく(同期して)、比較器に記憶器からの信号を伝達するようにするためには、記憶器の付勢は、必ず符号化信号が到達する前に行われていなければならない。したがって、当初明細書において、本願発明の記憶器は、符号化信号より前の信号により付勢されるように構成されていることが技術的に明白である。
本願発明のように、信号を送信する側と受ける側があり、受ける側でその信号がいつ送られてくるか分からず、しかも、受ける側でその送られて来た信号を記憶器などに蓄えることなく、リアルタイムで処理しなければならないような場合に、処理されるべき信号の前に別の信号を設けて、比較器や記憶器を付勢するようにする手段が、従来から周知の技術であることは、本願出願前に頒布された特開昭51-47302号公報(甲第8号証、以下「周知例1」という。)及び特開昭50-143700号公報(甲第9号証、以下「周知例2」という。)の記載からも明らかである。
2 したがって、決定が、「この引きはずし信号すなわち第1の部分が、受信部の比較器と記憶器とを付勢するものであるかどうか、特に、受信部の記憶器をも付勢するかどうかについては、・・・出願当初の明細書にも図面にも何ら記載されていないし、また、同明細書または図面の記載からみて自明のこととも認められない。」(決定書9頁6~12行)と判断したことは誤りであり、本件補正は当初明細書に記載された事項から自明なことであるから、その明細書の要旨を変更するものではない。
第4 被告の反論の要点
決定の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由について
本件補正は、特許請求の範囲に「前記メッセージの第1の部分が前記受信部で受信されることにより前期比較器と前記記憶器とが付勢されるようにした」の構成を追加し、「メッセージの第1の部分」が「受信部の記憶器をも付勢する」という構成を特に付加したものである。確かに、記憶器からそこに蓄積されている信号を送り出すには、記憶器が作動状態にあることが必要であるが、この記憶器が、符号化信号より前の信号によって付勢されるものであるか、あるいは、受信部の電源がオンの状態になるのと同時にこの記憶器が作動状態になるのか等については、当初明細書には何ら記載されていないし、記憶器が符号化信号より前の信号により付勢されることは、その明細書又は図面の記載からみて自明のこととも認められない。
原告の主張する付勢信号とは、引きはずし信号の前に送信されて、引きはずし信号等の符号ワードの検出、識別の準備を行う始動信号であるのに対し、当初明細書に記載された本願発明の引きはずし信号は、施錠又は解錠用信号と認められ、始動信号とは異なるものである。
また、原告は、周知例1及び2(甲第8、第9号証)には、処理されるべき信号の前にトリップ信号を設けて、比較器や記憶器を付勢するようにした技術が開示されており、この周知技術を本願発明に用いることは自明であると主張する。
しかし、当該発明の技術分野において周知技術であっても、それが自明であるか否かはその発明の目的との関連において判断すべきであり、周知技術がすべて自明な技術事項であるということにはならない。しかも、周知例1に記載された「始動信号」は、識別装置を始動させ符号ワードの検出及び識別の開始を正確に決めるものであって、本願発明の引きはずし信号に対応するものではないし、周知例2に記載された「動作検出」も、本願発明の引きはずし信号とその技術的意味を全く異にするものである。仮に、原告が主張するように「メッセージの第1の部分が前記受信部で受信されることにより前記比較器と前記記憶器とが付勢されるようにした」点が、当初明細書に記載されていなくても、その記載からみて自明な事項に相当するのであるならば、発明の詳細な説明に記載するだけでなく、あえて「特許請求の範囲」に記載するまでもないことである。
2 したがって、決定の判断(決定書9頁6~12行)に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 決定の理由中、本件補正書及び当初明細書の記載事項の認定、本願発明につき当初明細書に記載された「引はずし信号」と「符号化メッセージ」とが、本件補正書の明細書に記載されたメッセージの「第1の部分」と「第2の部分」とに相当するものであることは、当事者間に争いがない。
2 当初明細書(甲第3号証)には、その特許請求の範囲の実施態様項(9)に、「引はずし信号が、前記符号化信号より先に生ずる特許請求の範囲第1項ないし第8項いずれか記載の自動車用錠の制御装置。」(同号証明細書3頁3~5行)と記載され、発明の詳細な説明には、次の記載がある。
「第1図に提起された装置は、符号化メツセージ用の発振器1によつて設定される送信部A1を含んでいる。・・・自動車には、情報を受信する光ダイオード5を備えた受信部B1が取り付けられている。光ダイオード5は比較器6の一方の入力に接続されており、比較器6の他方の入力は発振器によつて作られた符号化メツセージと一致する符号化メツセージを納めた記憶器7に接続されている。比較器6の出力8は、光ダイオード5によつて受信した符号化メツセージが記憶器7に納められたメツセージと同一の場合のみ、1つの信号を出す。この信号は増幅器9によつて増幅され、その出力はトリガ回路10に作用を及ぼし、2つの継電器11および12を交互に制御する。継電器11は施錠を制御し、一方継電器12は解錠を制御する。・・・ここに記載される実施態様では、符号化送信機A1の動作は、好ましくは押ボタン1’によつて、交互に施錠および解錠される。・・・受信部B1は、正常時には自動車の電池13によつて電力を供給される。この電池の充電が充分でないならば、制御装置を動作させることは不可能となる。この発明は、受信部B1を、自動車の外部の電源端子14に接続するようにしている。その端子には非常時用電池を取り付けることができ、電池13の充電が不充分な場合に制御装置を動作させることなく、受信部B1に電源を供給することができるようになつている。」(同6頁1行~8頁10行)
「第2図に示された別の実施態様では、施錠および解錠機能は単一の押ボタンを連続的に作用するようにはしていない。送信部A2は、符号化メツセージ用の発振器1に加うるに、押ボタン16および16’によつて作動される引はずし信号発振器15および15’を備えている。発振器15または15’によつて発振される信号は、発振器1によつて発振される符号化信号より先に生じ、これらの信号は増幅器4によつて増幅されてダイオード3によつて発信される。受信部B2は、光ダイオード5からの複合信号を受ける。この信号はセパレータ17に与えられ、その出力17’によつて引はずし信号を、またその出力17”によつて実際の符号化信号を伝える。前述したように、この符号化信号は比較器6で、記憶器7に記憶された信号と比較され、増幅器9によつて増幅される。これと並列に、引はずし信号はトリガ回路18を制御する。トリガ回路18は、受信信号の形態によつて、解錠用出力18’または施錠用出力18”のいずれかを供給し、これらの出力信号はもう1つのトリガ回路10を制御し、増幅器9によつて増幅された信号をトリガ回路10の出力端子10’または10”から解錠用継電器12または施錠用継電器11のいずれかに送る。」(同8頁13行~9頁18行)
これらの記載及び当初明細書の第1図、第2図によると、同第1図の実施態様においては、単一の押しボタン1’から発振する1つの符号化メッセージ(信号)を送信し、受信された符号化メッセージと記憶された符号化メッセージとを比較照合し、両者が一致する場合には自動車の施錠又は解錠を交互に行うのに対し、同第2図の実施態様においては、符号化メッセージとは別に、押しボタン16及び16’によって作動される引きはずし信号発振器15及び15’により、符号化メッセージに先立って施錠又は開錠を各受け持つ2種類の引きはずし信号を発振させ、この2種類の引きはずし信号の各々と符号化メッセージとの各複合信号を受信した受信部において、符号化メッセージと記憶された符号化メッセージとの比較照合を行うとともに、引きはずし信号により施錠又は解錠を行うものと認められる。
すなわち、当初明細書には、単一の符号化メッセージ信号が、記憶された符号化メッセージとの比較照合の機能と自動車の施錠又は解錠の機能との双方の機能を有する実施態様が示されるとともに、この2つの機能を分離して、発振された符号化メッセージ信号により比較照合を行い、引きはずし信号により施錠又は解錠を行う実施態様が示されるているものと認められる。また、上記の実施態様のいずれにおいても、受信部B1全体は、自動車の電池13により又は外部の電源端子14を介して、電力を供給されるものであるが、受信部B1の各構成要素がどのように付勢されるかについては、何らの開示ないし示唆もないことが認められる。
これに対し、本件補正は、本件補正に先立つ昭和61年8月25日付けの手続補正書(甲第6号証)による補正を前提として、その特許請求の範囲(1)項を、「前記メッセージはすべてのメッセージに対して同しである符号化されない第1の部分およびその後に続く符号化された第2の部分を含んだもの・・・前記メッセージの第1の部分が前記受信部で受信されることにより前記比較器と前記記憶器とが付勢されるようにしたことを特徴とする自動車用錠の制御装置。」(甲第2号証、補正の内容(1))と補正し、発明の詳細な説明においても、これに則するようにその記載を補正したもの(同号証、補正の内容(3))と認められる。
そして、本件補正に先立つ上記昭和61年8月25日付けの手続補正書(甲第6号証)により、当初明細書は全文補正され、第1図が差し替えられ、補正された発明の詳細な説明には、「第1図に提起された装置は、メッセージ用の発振器1によって構成される送信部A1を含んでいる。・・・発振器1によって発振されるメッセージMは、すべてのメッセージに対して同じである符号化されない第1の部分Mu(トリップ信号)、およびその後に続く符号化された第2の部分Mc(符号化メッセージ)を含んでおり、これらは直列伝送される。・・・受信部B1が前述のトリップ信号(trip signal)すなわちメッセージの第1の部分Muを受信することにより、該受信部B1は、特に比較器6および記憶器7が付勢される。これにより比較器6の出力8は、光ダイオード5によって受信したメッセージの第2の部分Mcすなわち符号化メッセージが記憶器7に納められたメッセージと同一の場合のみ、1つの信号を出す。」(同号証6頁5行~7責10行)、「第2図に示された別の実施態様では、施錠および解錠機能は単一の押ボタンを連続的に作用するようにはしていない。送信部A2は、メッセージ用の発振器1に加うるに、トリップ信号発振用として別に、押ボタン16および16’によって作動されるトリップ信号発振器15および15’を備えている。発振器15または15’によって発振されるトリップ信号Muは、発振器1によって発振される符号化信号すなわち符号化メッセージMcより先に生じ、これらの信号は増幅器4によって増幅されてエミッタダイオード3によって発信される。受信部B2は、光ダイオード5からの複合信号を受ける。この信号はセパレータ17に与えられ、その出力17’によってトリップ信号Muを、またその出力17”によって実際の符号化信号Mcを伝える。」(同9頁6行~10頁2行)と記載されるに至っている。
これらの記載によれば、上記各補正の結果、当初明細書の第1図に示された単一の符号化メッセージが、差し替えられた第1図に示されるように、符号化されない第1の部分Mu(トリップ信号)と符号化された第2の部分Mc(符号化メッセージ)に分離されるとともに、受信器の中の比較器及び記憶器が電源により常時は付勢されていないことを前提として、第1図のメッセージの符号化されない第1の部分及び第2図のトリップ信号(2種類)は、いずれも当該比較器及び記憶器のみを付勢する機能を有するものとされたことが認められる。
そうすると、当初明細書においては、第1図に示された実施態様における単一の符号化メッセージが比較照合と自動車の施錠又は解錠という2つの機能を有するものとされ、第2図に示された実施態様における引きはずし信号は、この2つの機能が分離されて、後者の機能のみを有する信号として設定されていたものであり、また、受信器の各構成要素は、受信器の電源により、常時、付勢されているのかどうかが全く明らかにされていなかったのに対し、本件補正の結果、差し替えられた第1図の実施態様では、当初明細書の単一の符号化メッセージが引きはずし信号に相当するべき符号化されない第1の部分と符号化された第2の部分に分離され、この第1図に示された実施態様における第1の部分と第2図に示された実施態様におけるトリップ信号は、受信器の中の比較器及び記憶器を付勢するものとされたことが認められる。
したがって、このような補正は、当初明細書には全く記載及び示唆がなかった第1図に示された実施態様における単一の符号化メッセージ及び第2図に示された実施態様における引きはずし信号に受信器の中の比較器及び記憶器を付勢するという機能を付加するものであって、明らかに当初明細書の要旨を変更するものと認められる。
原告は、当初明細書の引きはずし信号が付勢信号であると主張し、その根拠として、符号化信号に先立って付勢信号を送出することは、周知例1及び2に示されるように周知技術であるから、明細書に記載するまでもない技術上自明な事項であると主張する。
確かに、無線電話システムに関する発明である周知例1(甲第8号証)には、情報内容を有する符号ワードよりも先行する始動信号を設け、この始動信号によってクロックパルス発生器を始動させる技術が開示されている。しかし、前示のとおり、当初明細書に記載された引きはずし信号は、自動車の施錠又は解錠を制御するためのものとしてのみ開示されていたのであるから、上記のような始動信号による付勢技術が公知とされ、仮にこれが周知技術であったとしても、引きはずし信号又は差し替えられた第1図に示される実施態様における第1の部分が受信器の構成要素のうち比較器及び記憶器を付勢するという、当初明細書には全く記載及び示唆のない異なる技術思想に基づく機能を上記各信号に付加する本件補正は、当初明細書の要旨を変更するものであることが明らかというべきである。なお、屋内外の防犯管理装置に関する発明である周知例2(甲第9号証)には、単一の符号化信号の入力器の動作を検出してパルスを発生する回路が記載されているが、原告の主張するような符号化信号に先立って付勢信号を送出する技術は示されていない。いずれにしても、原告の上記主張は採用することができない。
したがって、決定が、「この引きはずし信号すなわち第1の部分が、受信部の比較器と記憶器とを付勢するものであるかどうか、特に、受信部の記憶器をも付勢するかどうかについては、・・・出願当初の明細書にも図面にも何ら記載されていないし、また、同明細書または図面の記載からみて自明のこととも認められない。」(決定書9頁6~12行)と判断したことに、誤りはなく、本件補正は当初明細書の要旨を変更するものと認められる。
3 以上のとおり、原告の取消事由の主張は理由がなく、決定の認定判断は正当であって、他に取り消すべき瑕疵はない。
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
昭和58年審判第18020号
補正の却下の決定
請求人 ネマン・ソシエテ・アノニム
代理人弁理士 曾我道照
昭和54年特許願第30111号「自動車用錠の制御装置」拒絶査定に対する審判事件について、次のとおり決定する。「
結論
昭和62年10月19日付けの手続補正を却下する.
理由
昭和62年10月19日付けの手続補正は、明細書を補正するもので、その補正は、次のとおりである。
(イ)、 特許請求の範囲の記載を「(1)自動車の少なくとも1つの錠を施錠および解錠する部材を制御するための装置において、前記自動車とは独立している送信部および前記自動車に装着された受信部を備え、前記送信部は、直流電源と、メッセージを発振するための発振器であって、前記メッセージはすべてのメッセージに対して同じである符号化されない第1の部分およびその後に続く符号化された第2の部分を含んだものと、前記メッセージを遠隔的に直列伝送する送信装置とを備え、前記受信部は、電源装置と、前記メッセージを受信するための受信装置と、唯1つの符号化メッセージを納めた記憶器と、前記受信されたメッセージの符号化された前記第2の部分を前記記憶器内の前記符号化メッセージと比較して両者が一致した場合に1つの信号を出すようにした比較器と、前記信号の増幅器とを備え、前記メッセージの第1の部分が前記受信部で受信されることにより前記比較器と前記記憶器とが付勢されるようにしたことを特後とする自動車用錠の制御装置。(2)~(8)は略。」と補正し、
(ロ)、 発明の詳細な詳明の記載もこれに合わせて、「この目的を達成するために、この発明によれば、自動車の少なくとも1つの錠を施錠および解錠する部材を制御するための装置において、前記自動車とは独立している送信部および前記自動車に装着された受信部を備え、前記送信部は、直流電源と、メッセージを発振するための発振器であって、前記メッセージはすべてのメッセージに対して同じである符号化されない第1の部分およびその後に続く符号化された第2の部分を含んだものと、前記メッセージを遠隔的に直列伝送する送信装置とを備え、前記受信部は、電源装置と、前記メッセージを受信するための受信装置と、唯1つの符号化メッセージを納めた記憶器と、前記受信されたメッセージの符号化された前記第2の部分を前記記憶器内の前記符号化メッセージと比較して両考が一致した場合に1つの信号を出すようにした比較器と、前記信号の増幅器とを備え、前記メッセージの第1の部分が前記受信部で受信されることにより前記比較器と前記記憶器とが付勢されるようにしたことを特徴とする自動車用錠の制御装置が提供される。」(昭和62年10月19日付けの手続補正書の第2頁第9行~第3頁第9行の記載参照)と補正するものである。
そこで、上記補正について以下に検討する。上記補正事項(イ)のうち、特に、「前記メッセージの第1の部分が前記受信部で受信されることにより前記比較器と前記記憶器とが付勢されるようにした」の点について検討する。
ところで、出願当初の明細書及び図面には、次のことが記載されている。
出願当初の明細書の特許請求の範囲には、「(1)自動車の少なくとも1つの錠を施錠および解錠する部材を制御するための装置において、前記自動車とは独立している送信機および前記自動車に装着された受信機を備え、前記送信機は直流電源補と、符号化メッセージ用の発振器および前記符号化メッセージ用のセンダを備え、前記受信機は前記符号化メッセージを受信するための装置、唯1つの符号化メッセージを納めた記憶器、前記受信メッセージを前記記憶したメッセージと比較して前記メッセージと一致した場合に1つの信号を出すようにした比較器および前記信号の前記信号の増幅器を備えたことを特徴とする自動車用錠の制御装置。(2)~(9)は略。」と記載されており、また、出願当初の明細書には、「前記受信機は前記符号化メッセージを受信するための装置、唯1つの符号化メッセージを納めた記憶器、前記受信メッセージを前記記憶したメッセージと比較して前記メッセージと一致した場合に1つの信号を出すようにした比較器および前記信号の前記信号の増幅器を備えた」(出願当初の明細書第5頁第4~9行の記載参照)の記載、および「自動車には、情報を受信する光ダイオード5を備えた受信部B1が取り付けられている。光ダイオード5は、比較器6の一方の入力に接続されており、比較器6の他方の入力は発振器によつて作られた符号化メッセージを納めた記憶器7に接続されている。」(出願当初の明細書第6頁第7~13行の記載参照)と記載されており、また、「送信部A2は、符号化メッセージ用の発振器1に加うるに、押ボタン16および16’によつて作動される引はずし信号発振器15または15’を備えている。発振器15または15’によつて発振される信号は、発振器1によつて発振される符号化信号より先に生じ、これらの信号は増幅器4によつて増幅されてダイオード3によつて発振きれる。受信部B2は、光ダイオード5からの複合信号を受ける。この信号はセパレータ17に与えられ、その出力17’によつて引きはずし信号を、またその出方17”によつて実際の符号化信号を伝える。前述したように、この符号化信号は比較器6で、記憶器7に記憶された信号と比較され、増幅器9によつて増幅される。これと並列に、引きはずし信号はトリガ回路18を制御する。トリガ回路18は、受信信号の形態によつて、解錠用出力18’または施錠用出力18”のいずれかを供給し、これらの出力信号はもう1つのトリガ回路10を制御し、増幅器9によつて増幅された信号をトリガ回路10の出力端子10’または10”から解錠用継電器12または施錠用継電器11にいずれかに送る。」(出願当初の明細書第8頁第16行~第9頁第18行の記載参照)と記載されている。
また、出願当初の図面の第1図に示される実施例には、光ダイオード5ば、比較器6の一方の入力に接続されており、比較器6の他方の入力は発振器によつて作られた符号化メッセージを納めた記憶器7に接続されていること、
また、同第2図に示される別の実施態様には、光ダイオード5で受信した複合信号は、セパレータ17に与えられ、セパレータ17からの一方の出力17’(引きはずし信号)はトリガ回路18の入力に接続されており、また、セパレータ17からの一方の出力17”(実際の符号化信号)は比較器6の一方の入力に接続されており、比較器6の他方の入力には、発振器によつて作られた符号化メッセージを納めた記憶器7が接続されており、比較器6の出力は増幅器9に接続されていること、がそれぞれ記載されている。
これらの記載から容易に理解できるように、出願当初の明細書及び図面には、受信部において、光ダイオードで受信した引きはずし信号と符号化信号とからなる複合信号は、直接比較器の一方の入力に接続されるか、または一度セパレータに与えられ、セパレータからの一方の出力(引きはずし信号)はトリガ回路の入力に接続されており、また、セパレータからの一方の出力(符号化信号)は比較器の一方の入力に接続されており、比較器の他方の入力には、符号化メッセージを納めた記憶器が接続され、比較器の出力は増幅器に接続されていること、が記載されている。
ここで、出願当初の明細書に記載された「引きはずし信号」と「符号化メッセージ」とは、昭和62年10月19日付けの補正明細書に記載された「第1の部分」と「第2の部分」とにそれぞれ相当するものと認められるものの、受信された複合信号のうちの引きはずし信号すなわち第1の部分は、直接比較器に、またはセパレータを介して比較器に接続されていることは明らかであるが、この引きはずし信号すなわち第1の部分が、受信部の比較器と記憶器とを付勢するものであるかどうか、特に、受信部の記憶器をも付勢するかどうかについては、上記したように出願当初の明細書にも図面にも何ら記載されていないし、また、同明細書または図面の記載からみて自明のこととも認められない。
なお、上記第1の部分が、受信部の比較器と記憶器とを付勢するかどうかの点について、審判長は、平成3年1月10日付けの尋問書で、「これに対し、審判請求人は、上記のように「このような比較動作を可能とするために、メッセージの前には受信部に到達後、該受信部を付勢するためのトリップ信号のような信号が含まれておりますが、このトリップ信号のような信号は普通のことであります」とか「このようなメッセージの伝送並びに比較動作はディジタル量を扱うデータ処理の技術分野では普通のことであります」と単に主張しているだけである。したがって、上記主張が正しいことを証明するか、願書に最初に添付した明細書及び図面に基づいて当業者が納得できる証明をされたい。(なお、周知慣用であることを証明するにあたっては本願出願前の刊行物、特に本願発明と技術分野を同じくする自動車用錠の遠隔制御分野のものの提出が望ましく、更に、周知慣であることは、本願発明の進歩性の判断に影響するので注意されたい。)」(尋問書の第3頁後半から第4頁にふけての記載参照)との尋問を審判請求人に対して行ったところ、審判請求人は、審判長に対して、平成3年4月30日付けで回答書を提出し、この回答書において審判請求人は、「6理由 本件出願に関する平成3年1月10日付けの尋問書に対しまして、熟慮の結果、メッセージが第1の部分及び第2の部分を含むことを示す公報として、1975年5月13日に仏国出願番号第75 14807号の下に出願され、1976年12月10日もしくは1978年2月3日に公開もしくは公告された仏国特許第2、311、365号明細書を提出します。(なお、御参考のため、対応の米国特許第4、102、493号明細書をも提出致します。)
この公報には、銀行券の自動ディストリビュータのために用いられるクレジット・カードを有したシステムが開示されています。
このクレジット・カードは本願における送信部に匹敵し得ます。クレジット・カードには、2つの部分のメッセージを収容するメモリが有ります。すなわち、メッセージの2つの部分は:カードのコードに対応する第1の部分;及び勘定の数の識別に対応する第2の、であります。このように、メッセージが常に2つの部分にあることは、上記公報にもある通り普通のことであると思慮致しますので、お手数ながら審判にて再度の御審査の程、宜しくお願い申し上げます。」と回答し、添付書類として、仏国特許第2、311、365号明細書の写しと米国特許第4、102、493号明細書の写しとを提出している。
しかしながら、審判請求人の上記回答書および添付された、仏国特許明細書と米国特許明細書を見ても、本願における送信部に対応するクレジット・カードに2つのメッセージを収容するメモリがあることと、メッセージに2つの部分があることについて記載されているものの、前記尋問書で尋問したように、2つのメッセージのうちの一つが、受信器で受信された後に受信部の比較器と記憶器とを付勢するためのトリップ信号のような信号であるかどうかについては何ら記載されておらず、また、この点についての説明も何らされていない。
また、周知慣用の技術分野についても、周知慣用であることを証明するに当たっては、特に本願発明と技術分野を同じくする自動車用錠の遠隔制御分野の提出が望ましい旨を前記尋問書で指示したが、審判請求人が提出した1976年12月10日および1978年7月25日発行の前記刊行物はデータの蓄積と伝送システムに係るものであり、本願発明の出願前の刊行物であるとは云へ本願発明の技術分野とは全く技術分野を異にしている。
したがって、この補正は、明細書の要旨を変更するものと認められ特許法第159条第1項の規定により準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
平成7年5月9日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。